BodyChanceのプロコースで教えるアレクサンダー・テクニーク教師ヤスヒロ(石田 康裕)のページです。テクニークの歴史や役立ち情報など多くを載せています。教育分野(学校の先生など)での応用にも力を入れています。ヤスヒロは、埼玉・東京でのレッスン、出張レッスンを行っています。機械工学修士で27年間、高校で教えました。

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池袋レクチャー「アレクサンダーの生涯とその教え方の変遷」2回目

アレクサンダーの歩みを辿り、彼がどのようにテクニークを発展させ、どのように教えたかについてのレクチャーです。
2018年11月10日に一回目を行い、13名の参加者から好評をいただきました。(概要と感想についてはこちら
出席できなかった方で、資料だけ購入された方が9人もいらしたのは驚きです。
最初は前半、後半の予定でしたが分量が増えたので3回シリーズで行うことにしました。

2回目の今回はアレクサンダーの生涯の中期を追っていきますが、その中で主に取り上げる予定のトピックは次のものです。

(1)1910年前後
・「呼吸の人」から「筋肉システム全体の協調的な使い方」へ
前回の復習になりますが、彼の別の小冊子からその内容を見ます。

・スバイサー博士が捉えたアレクサンダー・テクニークと、それに対するアレクサンダーの反応
スパイサー博士の論文へ反論をつづった小冊子を見ます。

(2)1914年から約10年間のアメリカと英国での半年毎の生活
この期間での注目は、哲学者で教育学者のジョン・デューイが生徒になることで始まった彼との交流です。互いに影響を与え、それはアレクサンダーの2冊目の本「個人の建設的で意識的なコントロール」の内容に表れています。
アレクサンダーはできた原稿をアメリカに持っていき、デューイにその内容を確認してもらったそうです。

(3)リトルスクール
主に障害を持つ子供たちを対象に、助手のアイリーン・タスカーが小さな学校をアレクサンダーが教えていたアシュリー・プレイスの中で始めました。
生徒たちが、テクニークの環境の中で学業を行えるようにしたものです。
後に教師養成が始まったときに、その訓練を受けている生徒たちがリトル・スクールで教えることがありました。

(4)プライマリ・コントロール
ドイツのルドルフ・マグナスの論文を知ってから、アレクサンダーはプライマリ・コントロールという言葉を使い始めました。マグナスの「動物の姿勢」というレクチャーの内容を見ます。

(5)1931年からの教師養成の開始
アレクサンダーが62歳にして、ようやく始めた教師養成がどのようだったかを見ます。
また、この当時の彼の教え方として1934年に行ったベッドフォード体育大学でのレクチャーを取り上げます。

 

【日時】 2019年2月11日(月、祝) 13:00~15:55(定員30人)

【場所】 池袋アットビジネスセンター別館(池袋駅から信号を渡ってすぐの所にあります。)803号室

【参加費】 8,000円(参加費6,000円、資料代2,000円)
 申込み後に振込先を連絡させていただきます。
(可能な方は、事前の直接手渡しもOKです。当日払いは、ご遠慮ください。)

・資料のみを希望される場合(郵送費込み) 3,500円

【配布資料】(予定 変更の場合があります)
1)レジメ (+地図、年表など)

2)1908年12月出版のアレクサンダーの小冊子「運動感覚システムの再教育」(原文9ページ)ヤスヒロ訳
 アレクサンダーが呼吸と声以外について書いた初めての小冊子。
 後年のアレクサンダーの考えにつながる考えの大きな転換が見て取れます。
 ここで初めて「ミーンズ・ウェアバイ」と「インヒビション」が登場します。
 練れていない所が、とても新鮮です。

3)1909年11月出版のアレクサンダーの小冊子「なぜわたしたちは間違った呼吸をするか」(原文11ページ)ヤスヒロ訳
 アレクサンダーがスパイサー医師の論文に対して書いた2つの小冊子の1つ目。スパイサーがテクニークをどう考えていたかと、それに対するアレクサンダーの考えが分かります。
スパイサー医師の「肋骨呼吸(背中呼吸)」という捉え方は興味深いものです。

4)「動物の姿勢」 ルドルフ・マグナスによるレクチャー(原文A4 15ページ)ヤスヒロ訳  
 アレクサンダーが「プライマリ・コントロール」という言葉を使うようになったのはマグナスの発見があったからだと思われます。マグナスの発見が、彼のワークを証明していると言っていました。頭と首の動きが「反射」の作用として、どう身体全体に作用するかを説明しています。
レクチャーの記録なので、分かり易くなっています。

5)「ベッドフォード体育大学レクチャー」(原文21ページ)ヤスヒロ訳
 アレクサンダーが教師養成を始めたのは、1931年でした。
その翌年に出版した「自分の使い方」は教師養成を受けているトレーニーにとってテキストのようなものでした。
そのさらに2年後の1934年8月に、ベッドフォード体育大学(女子大)の校長(創立者でもある)に頼まれて、このレクチャーを行いました。
レクチャー嫌いだったアレクサンダーには珍しいものですが、彼の説明とデモンストレーションは、この頃の彼のテクニークについての考えを分かり易く示しています。

【申込み】

希望内容(クリックしてチェックをつけて下さい)

2月11日(月,祝13:00-)参加(8,000円)第2回資料のみ希望(3,500円)(第1回+第2回)資料希望(6,000円)第1回資料希望(3,000円)

(1回目の資料の内容はこちらをご覧ください)

【問合わせ】
ヤスヒロ yasuhiro-alex@gmail.com

 

 

 

 

 

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