アレクサンダーは晩年に、生徒のゴッダード・ビンクリーから「僧帽筋が頭を後ろに引く筋肉ですか?」と聞かれたときに、
「個々の筋肉がどう機能するかには興味がない、わたしにとって筋肉で大事なことは、それらが一緒になって全体的な働きを行うことだ。」
と答えたそうです(ビンクリー「エクスパンディング・セルフ」より)

アレクサンダーは、筋肉を単体で考えてはいけないことを知っていました。
彼は、子供のころから培ってきた継続的に独力で取り組む力と、非凡な観察能力を使いながら、多くの人たちを教えた経験により膨大な観察体験を持っていました。
彼には、普通の人たちが見ることができない多くが、見えていたことでしょう
(そのため、20年も秘書を務めていて自らもアレクサダー教師だったエセル・ウェブが、「誰もアレクサダーのように教えることができるようにはなれない」と言ったのでしょう).
アレクサンダーは、当時の解剖学者の知っているような筋肉の知識では、彼の知見は説明できず、余り役に立たないことを分っていました。

わたしは、もしアレクサンダーが生きていたら、現在のファシアの知見は、彼が言っていた「全体性」を、説明できるものとして認めたのではないかと思います。

ファシアとは

ファシアは、「筋膜」とも訳しますが、そう書くと、これを筋肉の周りにある膜としか考えなくなり、重要な役割を果たすもののようには思えなくなります(そのため、ファシアについての市販の訳本は、訳語に苦労しています)。

試しに、人体の首から下の部分を、骨、筋肉、皮膚、(補足的に、内臓や、血管、神経なども考えます)だけの構造物と考えて下さい。
それらだけでは、今あるご自分の容姿には、ならないことが想像できるでしょう。
ファシアは、骨、筋肉など、先ほど挙げたもの以外の全てと考えることができます。
ファシアが無ければ、立っていることも難しいでしょう。

ファシアは、わたしたちの形を作っているものです。「結合組織」という、最初に見ると良く分からない用語がありますが、ファシアはその「結合組織」です。ファシアは、いろいろなものを「結びつける」役割をもった「組織」と考えると良いと思います。

ファシアと全体性

ファシアが、結び付けるものだとしたら、それがどう結び付けるかは、人の動きと健康に大きく影響を及ぼします。身体部分のどこかを、長年に渡って使うことを忘れたり、無理な使い方をすることで、ファシアの癒着や動きの悪さが起こると、痛みを作り全体的な動き(全体性)の妨げになります。

ファシアは、その「全体性」を構成する鍵になる人体要素です。
アレクサンダーの発見の「頭の動きが、身体各部の動きに影響を与える」は、構造的に言えば、人体の全てが、頭部とファシアと筋肉を介して繋がっていることです。
頭が先に動くようにして、そこからの動きの流れが止まっている部分を見つけ、協調的な動きを取り戻すようにすることが、アレクサンダー教師のメインな仕事になるわけですから。
(それを、人体の調整だけではなく、シンキングで行えるようにすることがアレクサンダー・テクニークの特徴ですが)

これには、ファシアと筋肉を扱った、トム・マイヤーズのアナトミー・トレインの考え方が役に立ちます。

2020年8月22日(土)の池袋レクチャー

今回、ファシアを中心に学び、アレクサンダー・テクニークでの観察にも結びつけるレクチャーを企画しました。

関心ある方は、こちらのページをご覧ください。

このレクチャーの準備として、アナトミー・トレインのトム・マイヤースが企画した、オンラインレクチャーを次の3つを受講しました。
彼と他の研究者による最新の知見は、とても参考になるものでした。
1)2020年5月「Anatomy Trains in Structure and Function」(機能と構造でのアナトミー・トレイン)2時間×6セッション
2)2020年6月「Dissection Livestream」(人体解剖)2時間×8セッション
3)2020年7月「Fascia in Sensori-Emotional Response」(感覚―感情反応でのファシア)」2時間×4セッション(他に12のWebinar)