BodyChanceのプロコースで教えるアレクサンダー・テクニーク教師ヤスヒロ(石田 康裕)のページです。テクニークの歴史や役立ち情報など多くを載せています。教育分野(学校の先生など)での応用にも力を入れています。ヤスヒロは、埼玉・東京でのレッスン、出張レッスンを行っています。機械工学修士で27年間、高校で教えました。

教育活動とAT

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BodyChanceのプロコースでは、トレーニーたちがアレクサンダー・テクニークの先生になるために学んでいますが、第二段階に進むとティーチング(教えること)が学びの中心になります。
そこでは、緊張なく話すこと、生徒の観察を行い続けることなど、まさに学校の先生に必要な要素が含まれています。

それにより、生徒が居心地良く感じ、学ぶための良い雰囲気を作れるようにします。
これを見ている他の人たちから、「学校の先生が、アレクサンダーを学んでくれていれば、生徒たちがもっと良い学校生活を送れるのに」という感想があったりします。

これらの技術(アート)については、何もプロコースの第二段階になるまで待つ必要はなく、ATを学ぶ最初から取り組むことができます。

アレクサンダー・テクニークを学校での教育活動にどのように活かすか

学校の先生でWSに参加された方などから、「これをどのように生徒に教えたらよいでしょうか。」と聞かれることがあります。
それには「直接的には教えることはできません。」と答えています。
何でもそうですが、学ぼうとする本人がその気にならなければ、押し付けになってしまい、嫌われてしまいます。
(アレクサンダー・テクニークを学んだ人は、つい家族の姿勢が気になり、いろいろな指摘をするのですが、概して疎まれるだけです。欠点の指摘だけでは、教育的ではありません。)

アレクサンダー・テクニークを学ぶことで、先生自身が変わり、それが生徒の役に立ちます。

先生が、無駄な緊張をせずに話すとき、押しつけが無くなり、学びを招待しようとする声に、生徒は耳を傾けます。

先生が仕事をのびのびと行うことを見ることで、生徒は、望ましい仕事のやり方を理解します。
先生が苦しんでばかりいるようでしたら、仕事は苦しいことだと思ってしまうし、その科目に魅力を感じないことでしょう。

教えるアート

教育はアートと呼ばれることが多いです。
アートは日本語では、「芸術」と訳されますが、英語のアートには「技術」という側面もあり、スキル(技能、技術)と対比するときに使われるようです。
教育活動は、何かの手法を機械的にあてはめれば良いわけではなく、先生の体験や人間性、技量に負う所が大きいという点で、アートと言えるのでしょう。

それぞれの教育活動には目的があるとしても、目の前の生徒、そのときの状況があり、先生は、瞬間々に、何を行うかの選択を行っています。
・授業で、生徒がざわつくとき。
・指示に従わないとき。
・興味を示さないとき
・・・・
いろいろなことが起こるときに、みなさんの感情に加えて、身体にも何かの反応が起こっています。
自分に起こる反応を知り、そこに不必要な緊張が伴うことに気づき、それをやめていけたら、さらなる選択肢が増えます。

緊張や、いつものパターンをやめることで、生徒を観察できるようにもなります。
一人相撲のような状態から、生徒という個々の人間に起こっていることに気付くことも増えてきます。
そのわずかな変化から、生徒のコミュニケーションの状態が変わります。
変化は、些細と思えることから広がることがあるのです。

アレクサンダー・テクニークは、その人の習慣になっている反応を変えるための強力なツールです。
自分が無意識にやっていることに気付くことがその最初です。
そして、先生は自分の特性に合った「教えるアート」を磨いていく歩みを進めます。

多くの先生たちが、自分に合わない無理な教師像を押しつけて苦しんでいます。
それは、その先生の役には立たないですし、それを見ている多様な個性を持った生徒にもプラスになりません。

「先生のためのWS」学んだ先生たちの感想

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