授業のスタイルについての2回目です。
(2)質問を使う授業
先生としてのスタートは狭山茶で有名な狭山市にある工業高校の機械科でした。
高校の専門の授業は、教室で行ういわゆる「座学」と、「実習・実験」の2つがあります。
「実験・実習」は少人数を教えるので、楽に教えることができますが、「座学」は、特に新米教員には試練です。
1年目のわたしに割り当てられたのは、既に学校に慣れきっている3年生に対する「原動機(エンジンと考えてください)」という科目でした。
それなりの抱負を持っていたので、自分が大学で専門科目を教わった方法とは、違う教え方をしたいと思っていました。(高校の1クラスは40人ですが、大学ではもっと大人数になるので、授業のやり方は当然異なります。)
その一つは、生徒に問いかけや、クイズのような質問を行いながら、生徒を参加させることでした。
中学校のときの英語の先生が、授業中に生徒全員に何か一回は言わせる、という方法をとっていて、それを、適度な緊張感のあるテンポの良い授業スタイルと感じていたからです。
話術だけで、授業を引っ張っていく自信が無かったこともその理由の一つです。
ただこれには、問題がありました。
クラス全体を学ぶ雰囲気に作り上げる力が、わたしになかったことです。
生徒に対する恐れもあったと思います。
高校3年生は、少し大人で、とてもわたしがコントロールできるようには見えませんでした。
さらに、教科書で取り上げている内容は理論的過ぎて、生徒の興味を引くとは思えません。
良い意味での「先生らしい権威」も「自信」もわたしにはなく、生徒には、「まじめに授業を受ける勤勉さ」も、「内容に対する興味」もないという状況でした。
担当した3クラスの内で、特に脱線させようとする声の大きな生徒がいるクラスは、本当に大変でした。
でも、今思い返すと、ひどく悪意がある生徒ではなく、もの凄く大変なクラスだとはなかったと思います。
そのような散々な状態でしたが、なんとか質問形式の授業を続けました。 授業に参加しているのは、その質問された生徒と、前の方に座っている生徒だけ、ということもありましたが。
発問を行いながら授業を行うスタイルは、その後も基本的には続けていきました。
科目の特性によって、その比率はかなり違いますが、生徒がじっくり考える必要があるときや、覚えることが多い科目については、特に有効でした。
27年間続けてきたので、その技術は上がってきたと思います。
問いかけを行う授業で問題となるのは、
・生徒がそれを意味あるものと感じるか。
―――何でもそうですが、授業で行っていることに意味をどのくらい持たせるかは、先生の手腕です。いつもそのことを考えようとはしていました。
・黙って答えようとしない生徒にどう対応するか。
―――質問されることに慣れていない生徒は、黙っていたり、機械的に「わかりません。」と返答します。こちらの意図を理解し、安心感が持たせるように、することが、助けになります。
・授業を開始するときの雰囲気づくりをどうするか。
―――これも、いつも課題です。授業を説教から始めたこともありました。その後の発問や、やりとりはとても難しくなります。。
・質問が明確か、生徒の能力に見合うものか。
―――最初の頃は特に、生徒が意味を理解できない質問をすることが多くありました。生徒の個人差によって答えづらい場合もあります。
生徒とのやりとりの経験を通して、生徒の状態を感知し、やり取りの質を変えれるようになってきたと思います。
これについては、アレクサンダー・テクニークを学び、自分の身体の使い方が改善することで、より向上したと思います。
話し方が変わったことも原因ですが、授業が終わった後にときどき起こっていた胸から腰の辺りの疲れが、いつの間にかなくなっていたことにあるとき気づきました。
より楽しんで授業できることが増えてきました。
疲れから眠そうになっている生徒に、いやがられずに問かけることもできるようになり、授業中に机に伏せて寝る生徒をほとんど作らずに済むようになりました。
(21年間勤務した2校目の新座総合高校では、2時間連続や、3時間連続の授業がありました。だらけないようにするためには工夫が必要です。)