アレクサンダー・テクニークを学ぶときに、「感覚認識はあてにならない」ことを体験し、理解していくことは、とても重要なステップです。
「感覚認識があてにならない」がいかに妨げになるかについて、アレクサンダーは2冊目の著書「個人の建設的で意識的なコントロール」の中で、彼が吃音を改善した男の人の例を次のようにあげています。

わたしは次に、「今わたしに話しているように、一日中会話をしてもらいたい。」と言いました。すると、生徒はすぐさま動揺を起こして、新しく開発した自分のコントロールの力に妨げを行い、吃音を起こす前の話し方に戻って、「えっ!そんなことはできません。みんなわたしのことを変だと思うじゃないですか。」と答えたのです。

正しい方向で行っていることを「間違ったもの」と感じてしまい、その方向に行かないどころか、「それを行ってはいけない」と思ってしまうのですから、問題はとても根深いものです。

小学校のときに録音した自分の声を初めて聞いて、私はとてもがっかりしたことを覚えています。
最近は自分の声を録音や録画で聞くことが増えてきたこともあって、ある出し方をしていれば、こう聞こえているのだろう、というふうに考えることができるようになりました。

多くの人が、朗読や歌などで録音することはあっても、自分の普通の会話が録音されたものを聞くことは、滅多にないでしょう。
自分の思っている声の出し方の印象と、相手が受け取っている印象は、とても異なっていると思った方がよさそうです。
(会話で普通に行っている、相手の言葉に対する「うなづき」の動作が、思っているほどには相手に良い印象を与えていないことは、アレクサンダーのグループ・レッスンで理解できることの一つです。)


このことと、前回書いた「心と体は一つ」との関連で、一つ例をあげます。
声を出すときに、「自分に向かって声を出そう」としていることについてです。
飲み屋等の騒がしい場所で大きな声を出そうとするときに、多くの人が自分に向かって声を出していることに気づいているでしょうか?
そうすると相手に聞こえる声が思ったほど大きくならないのは、その「自分に向かって声を出す」という思いに、身体は反応して実現しようとするからです。
人の声は、全方向に音を出していなければ、片方が増えれば、片方が減ります。
声を自分に向けずに、「相手に届ける」という思いが必要です。
しかし、その意図を持つと、自分には声が小さくなって聞こえます。
ここで、自分の感覚の認識に頼らずに、声を出す必要が生じます。
歌や楽器を演奏する人にとって、これはとても重要です。そうしないと 楽器の音が響かなくなります。
コンサートで、歌手などが自分の方向に向けたモニター・スピーカーを使っているのは、そのためです。

私たちは普段の会話で、そのようなモニター・スピーカーを使うわけにはいかないので、話しているときの自分の思いに気を付け、自分にどう聞こえていても、それを余り気にし過ぎないようになる必要があります。
声の大きさではなく、「相手に本当に届けたい」と思っているでしょうか。

思い(アレクサンダー・テクニークではシンキングと呼びます)が適切なら、自分には間違って感じられてみ、良い結果が生まれます。
ただ、それは自分には分りづらいので、アレクサンダー・テクニークのグループ・ワークで、他の人に本当にそれが起こっていることを何度も体験をして、 自分の感覚を修正する必要があります。
つまり、自分の観察と、他の人に起こっていることを実際に見る、という実体験が必要です。

今週末の3月19日(日)に行う坂戸ワンデイ・ワークショップ「声を出すときの意識と動きを変える」では、その体験ができます。定員が6人と少人数ですが、まだ申し込み可能ですので、時間の空いた方はぜひご参加下さい。
坂戸ワンデイ・ワークショップ