前に書いた通り、「筋肉―骨」の構造では、身体の動きの全体性は理解できません。
身体全体がファシアのネットワークになっているので、ある部分の動きは、それに近い部分だけでなく、遠くにある部分で起こっていることから影響を受けるからです。
(これはテンセグリティ構造物の特徴です。テンセグリティについては、以前にかなり詳しくブログで書いているので良かったら、ご覧ください。)

(1)「筋―骨格」系ではない取り組み、

前回紹介したシュライプの「ファシア・トレーニング」(和訳が出れば、多くの人の役に立つ本だと思います)には、昔の身体エクサイズにはエレガントな動きを行うものが多くあって、それは、ファシアの長い繋がりに働きかけていてコラーゲンの弾力性を使っていることが、ようやく最近理解されてきた、と書いています。彼は、ダンスのルドルフ・フォン・ラバンを挙げています。それらは、「筋―骨格」系での動きの理解とは、全く異なります。

アレクサンダー・テクニークも同じで、F.M.アレクサンダーは、いつも身体全体を見ていました。ようやく科学が、彼が個人レッスンを行うときに持っていた理解の一部に近づいてきたのでしょう。
(一部と書いたのは、ファシアだけでは、アレクサンダーのプライマリ・コントロールが含まれないからです。)

彼が、医師に対して、「彼らは、筋肉のことを知っていても、自分を酷い使い方をしていて、その知識は役に立たない。」と言ったことは、有名な話です。
(誤解を避けるために記すと、彼は、テクニークをある程度マスターした後には、その解剖学的な知識を学ぶことは役に立つと考えていました。彼は、必要があれば、いつも親しい医師の友人たちに相談したし、弟のA.R.にそれを学ぶことを勧めています。)

誰もが驚嘆するように、F.M.アレクサンダーには、非凡な観察能力と、根気強さがありました。さらに、正式にメルボルンに教室を構えた1896年(彼は僅か27歳です)からは、1日に10人以上を(初期の頃は違うでしょうが、彼のレッスンの予約は、ほぼ一杯だったと言われています)、さまざまなタイプと状況の人に教える体験を、亡くなるまでの約60年間重ねました。そのような体験から得た直観のいくつかは、言葉で伝えることが難しいものです。
それを持たないわたしたちには、ファシアを知ることが、アレクサンダーの神業に近づく手掛かりになると思います。

(2)全体性の神経回路を作る――体験から

わたしは今年、ギターを弾くときの指の動きが、首から肩にかけての部分に痛みをもたらすことを体験しました。
それがかなりきつい症状だったために、指が弦を弾くときに、首―肩―上腕―前腕―手首―手の甲、をどう使っているかに、注意を払い続けなくてはなりませんでした。
しばらくは、練習の最初の20分くらいをかけて、スケールや曲をいつものように弾くことはほぼ断念して、ゆっくりそれに取り組むことになりました。
また、胴体の使い方、胴体に影響を及ぶす脚の使い方、さらには、拍をどう考えているか(拍をしっかり頭と身体で意識すると、身体がより自由に動けます)も考えました。
まだ、途上ですが、これが良かったのは、ギターの音がとても良くなったことです。
頭の中に、指を動かすときに身体各部を協調的に動かすための神経回路を、新しく作ることができた気がします。
今は、指を使うという動きが、前とは全く異なる感覚になっていて、自分が指をどう使っているかの知覚の力が明らかに上がっています。それは、より細やかな指のコントロールをもたらします。

(これは、上がり症に役立つと思うのですが、まだ未確認です。)

(3)ファシアの知識とアレクサンダー・テクニークが全体性を作りあげる

わたしのこの体験では、アレクサンダー・テクニークを使うことは基本でした。
人体を、ファシアのネットワークとして知っているだけでも少しは役に立ちますが、アレクサンダー・テクニークと結びつくことで、強力な効果をもたらします。

それはロルフィングなども同じです。
「アナトミー・トレイン」のトム・マイヤーズは、その著書とWebinar(約1時間×5回)で、「ボディ・リーディング」という名前をつけて、身体の姿勢をどのように読めば良いかについて説明しています。彼の「筋肉とファシアのつながり」を使った説明で、改善したとして示している姿勢は、ロルフィングを基本にした彼の施術がもたらしたものです。
興味深いのは、そこで良いとされているものと、わたしがアレクサンダー・テクニークの視点からある程度良いと考えるものは、同じに見えることです。
アレクサンダーでいうメカニカル・アドバンテージな姿勢と、ロルファーたちが、目指すものとは、ある程度一致しているのではないかと思います。

ただ、そこに至る手順は大きく異なり、アレクサンダーでは、頭の動きと、動いているときのシンキングを使って、その協調性を作り出します。
共通していることは、精神分析的なアプローチを取らないことでしょうか。

(4)補足――固有感覚からの全体性

今回書いたものは、メカニカル(機械的)なつながりに関しての「全体性」ですが、「脳が行う人の全体性」についてもファシアは重要な役割を果たします。
人の固有感覚(自分の身体位置がどこにあり、どう動いているかの身体内部の感覚)は、ファシアの4種類の感覚センサの情報も使っているからです(他には、筋肉にある筋紡錘という感覚センサがあります)。
固有感覚が鋭くなれば、わたしたちはよりスムーズな動きができることでしょう。
病気で、固有感覚がなくなった人が、動くことがとても困難になったという症例もあります。

さらに、ファシアの感覚センサは自律神経に作用して、マッサージなどの施術の効果に影響を与えるそうです。先に挙げたシュライプは、研究者になる前はロルファーでフェルデン・クライスのプラクティショナーだったので、ファシアといろいろな施術効果との関係は彼の重要な研究テーマです。
(ファシアの感覚センサについては、今回のレクチャーの2回目で扱います。)

(5)3回シリーズのファシアの講座の内容

内容が徐々に固まってきました。現時点では、次を予定しています。

第1回「ファシアの基本を知る――身体の全体性とチェア・ワーク」

池袋 8月22日梅田 8月28日、30日
10ページ以上の資料を用意します。

(1)ファシアの基本知識
 ファシアとは、何かを知ります。「結合組織」が身体の至るところにあり、それはその働きの違いからとても異なって見えても、基本的に同じ構造をしていることを理解します。
(2)身体全体を覆う、浅い層にあるファシア
第1回の中心になる部分です。
 最初に、わたしたちがウェット・スーツを着ているようなものだと考えます。
そのウェット・スーツは、ただ繋がっているだけでなく、センサも持つ精巧な仕組みです。
(3)ファシアが身体のテンセグリティ構造を作る
(4)立ち姿勢や、イスに立ち・座るの動き
姿勢や動きを、ファシア(つまり全体性)とアレクサンダー・テクニークの考え方から見る。
(参加者に、実際にこれらの動きを行って頂きます)
(5)胸腰ファシア
 背中の部分を見ます。「背中が長くなり、広くなる」ときの、ファシアと筋肉の関係。
 腰のファシアには、痛み受容器が多く存在していて、それが腰痛を起こさせているのだそうです。

第2回「力の伝達・感覚入力器官としてのファシア――全体性と脚、モンキー」

(池袋 10月頃実施)
(1)ファシアにある4つの感覚センサとその役割
 ファシアへの刺激により、感覚センサを刺激することで、自律神経に影響を与えます。
(2)ファシアと感情との関係
(3)ファシアと運動、トレーニングとの関係
 走ったり、歩いたりするときの効率的な動きは、ファシアによりもたらされます。
通常の筋肉痛は、筋肉ではなく、ファシアで起こっていることが分ってきました。
(4)「アナトミー・トレイン」のSFLとSBL他
 身体には、「筋肉+ファシア+骨」の繋がりを持つラインが存在します。
それのラインを元に、身体の使い方を判断することができます。
(5)脚の関節を曲げる動きとファシア
 アレクサンダー界で、「モンキー」と呼ばれる動きを、ファシア的に考えます。

第3回「ファシアと腕、手、指の繊細な動き――全体性とハンズ・オン・バック・オブ・ザ・チェア」

この回は主に、肩から腕、指の動きを、ファシアと「ハンズ・オン・バック・オブ・ザ・チェア」との関連で取り上げます。
 「ハンズ・オン・バック・オブ・ザ・チェア」は、身体の協調的な使い方を作り上げる重要なものとして、彼の2冊目の著書に数ページに渡って手順を書いています (手順では、特許は取れないので、彼は著作権により、自分のアイデアを守ろうとしました)。
彼は、アレクサンダー教師としての「ハンズ・オン」の技術は、この「ハンズ・オン・バック・オブ・ザ・チェア」に全て含まれている、と言っていました。
「ハンズ・オン・バック・オブ・ザ・チェア」が、重要なのは、人が普通に行う呼吸にも良い作用を与えるからです。
(驚くことに、マージョリー・バーストーの最晩年のビデオに、彼女が生徒に「ハンズ・オン・バック・オブ・ザ・チェア」を教えているものがあります)

(6)今回参加できない方へ(オンライン開催、坂戸開催)

 開催日に参加できないという方から、問い合わせをもらっています。
3人以上揃う場合には、9月以降に、自宅開催(4人まで、埼玉県坂戸市 池袋から家までの所要時間は約1時間)や、オンライン開催を行います。
希望される方は、Webページからお申し込み下さい。
オンラインの場合は、資料は事前に郵送します。