わたしが、ワークショップ等で生徒さんにやってもらう動きに、「イスから立ち上がって歩き出す」という動きがあります。
今回はそれについて書きますので、ぜひ試してみてください。

協調的な動きと自分への「指示」

アレクサンダー・テクニークは、身体と心の両方を含めた自分全体の「使い方」を扱います。
アレクサンダーが見つけたことは、何を行うときでも、身体を縮めるようにして使うと、余計なエネルギーが必要になり、障害を引き起こすことでした。
それは外から見れば、頭を脊椎に対して押し付ける動きになって見えます。
そうならないためには、頭が身体から離れていく方向に動く必要があります。
そして、脊椎がその頭の動きにしなやかについていきます。
また、腕や脚を、その頭と脊椎の動きを妨げることがないように使います。
このような動きを、「協調的な動き」と言います。
この「協調的な動き」が起こるための準備として、
「頭が動いて、身体全体がついて行って、そうすることで×××を行える。」というように自分に指示を出します。

■「指示」を使って、イスから立ち上がって歩く

それでは、アレクサンダー・テクニークを使って、イスから立ち上がって歩き出す動きについて説明します。
この動きは、日常生活でいつも行う動きなので、いろいろなバリエーションの中で練習することができます。
次の手順を試してみてください。

(1)「頭が動いて、」と言いながら、
それを自分に指示します。

●声に出す方が明確ですが、声にしなくてもかまいません。

●頭(頭蓋骨)は、脊椎(せきつい、背骨)の上に乗っています。脊椎の頂点の位置は、およそ耳の穴の位置です。ここを、起点として頭が身体から離れていくことを思います。

●頭を考えるときに、頭の大きさのことも考えてみて下さい。
わたしたちは、眼のやや上の部分くらいまでだけが頭だと考えがちです。人の顔を見ると、眼は、頭と顔全体の中央より、少しだけ上にあるだけだ、ということが分かります。頭は思っているよりも高い所まで行っています。

●この動きは、いつも行っているような筋肉を直接的に使う動きではありません。
このように動かすときの感覚をつかむことが、アレクサンダーを学ぶ上での進歩だと思ってください。
いつもは首の周りの筋肉が頭を下方向に引っ張っているので、その「首回りの筋肉の緊張を解放」することによって頭が動く」という考えが助けになる人もいます。

●今回の全ての手順で起こってもらいたい動きの質は、「やろうとしないで、起こる動き」とか、「願ったり、思うだけで起こる動き」とか、「ノンドゥィング non-doingの動き] と言われています。

(2)「身体全体が(頭の動きに)ついて行って、」と言います。

●脊椎は、首の骨(頸椎、7個)、肋骨のついている胸の骨(胸椎、12個)、その下の腰の骨(腰椎、5個)と仙骨、尾骨で構成されていますが、それが順番に動いていく感じです。
「へびのおもちゃ」の動きを考えるとよいかもしれません。
胴体全体を一つの塊として動かさずに、しなやかな動きをさせます。
アレクサンダーは、「全部一緒に、一つずつ順番に」と、言いました。

●この段階では、前方への動きを起きないように気をつけてください。
多くの人は言葉では、「身体全体がついて行って」と言いながら、実際の頭の中での身体への指示は、それを行わずに、この次の手順の「前傾の動き」を指示してしまいます。
自分への言葉による指示(声に出さなくても同じです)と、身体がやろうとすることが一致できれば、大きな成果と言えます。

◎アレクサンダー教師は、生徒さんが「頭が動いて、身体全体がついていく」と考えているときに、手を使って指導します。これは、緊張し過ぎたり、緩み過ぎている身体部分に気づいて、全体のトーン(張り)が一様になるためです。
(ブログでテンセグリティ構造を使って、このことを説明する予定です。)

(3)「頭が動いて、身体全体がついていって」と考え続けながら、
「そうすることで、胴体が股関節から前傾する」と言い、
それが身体に起こるようにします。

●ここで、初めて大きな動きが起こります。
このときに、腿(もも)に力が入ったり、股関節周りを固めてしまいます。それを、感じたら、やり直してください。

●足首と膝を固めていなければ、それらは股関節の動きに合わせて必要な動きを行います。

●「股関節から前傾する」という考えが、「頭が動いて、身体全体がついていく」の思いを上書きしてしまい、優位になり過ぎてしまうと、胴体が前に倒れるだけになってしまいます。

●最初は、胴体を股関節から前傾するときに、腿の後ろの筋肉(ハムストリングス)が伸びながら、骨盤(お尻と考えも良いです)が上がって行くと考えることは、役に立つでしょう。

(4)体重が全て足にのったら、
「頭が身体から離れて行き、身体がそれについて行く」動きにリードさせて、
お尻が上方向に動きながら、膝関節と股関節が伸びるようにします。

●普通は、脚が体重を全て引き受ける前に、「立つ」という考えを持ってしまい、いつもの立ち上がり方で、膝に力を入れて立とうとしてしまいます。
「立つ」という考えを持たないで、「体重が全て足にのる」まで待ちます。
ただし、意識的に「体重を足に乗せよう」とすると、身体を固めてしまいます。
「頭が動いて、身体全体がついていって、そうすることで、胴体が股関節から前傾できる。」と思うことで動きが起こる結果として、「体重が足に乗る。」だけです。

●膝を伸ばしていくときに、体重が足の裏全体に均等になっているかどうかに注意してください。
爪先側に重心が行くと、膝に負担がかかり、踵(かかと)側に行くと、腿に力がかってしまいます。
これは、この前の手順にあった股関節から前傾するときにも言えます。

●膝を伸ばしていくときに、足の裏全体に体重がかかるようにしてください。
爪先側に重心が行くと、膝に負担がかかり、踵(かかと)側に重心が行くと、腿に力がかかってしまいます。
これは、この前の動作の、股関節から前傾するときにも言えます。

(5)いつもの「立つ」という感覚になる、少し前で動きを止め、
「頭が動いて、身体全体がついて行って、そうすることで、左ひざ(右ひざでもかまいません)が前に行き、歩き出すことができる。」
と自分に指示を出して、歩き出します。

●9割の人の立ち姿勢は、背中を反らし過ぎになっていて、膝を伸ばし過ぎにしている人も多くいます。
そのため、試しに「自分のいつもの立ち姿勢」にならずに、8割から9割程度の「自分にとっての完全な立ち姿勢」になる少し手前の位置で、歩き出してみてください。
その方が楽であれば、その姿勢が良いのかもしれません。

●この部分は、個人差が大きいのでいろいろに試してみてください。

身体を縮めない動きがもたらすもの

このようなプロセスを行うことで、立ち上がる動作で身体を縮めなくなり、呼吸が楽に変わり、歩きが軽くなることを体験します。
新しい感覚なので、それを行っている人が「よく分からない」という感想を持つことがありますが、それで構いません。
いつもとは違う、という感じが持てれば良いと思います。
いつもと異なるプロセスを使うことにより、違った身体の動きを引き起こします。
その動きを見ている周りの人は、前よりもスムーズに立ち上がり、違った歩き方になることを、はっきりと見分けることができます。