授業のスタイルの7回目です。

(7)実践的に、感覚的に

先生になりたての頃は、とにかくわかりやすい授業という事を考えました。
教科書の内容を理解する良い道筋を示すこと、教科書や資格試験の問題を解けるようにすること、を考えながら授業準備をしました。

あるときに気がついたのは、そのように理解させても、生徒の頭に余り残っていないことです。
小テストを使って繰返し考え方の復習をすることは役には立ちましたが、まだ何か足りないような感じがしました。
苦労して理解させても、理解したということが残るよりは、「苦労した」方の思いが残るようなのです。
何か違う理解が必要だと思いました。

もし教科書や資格試験にその内容が無かったら、そのことを学ばせる必要があるか、についてもだんだんと疑問になっていきました。
以前に書いたように、わたしは機械科を出ていながら、大学の卒業時には実践的な力が全くといっていいほどありませんでした。自分で何かを作ろうとしても、金属材料もまともに選べません。
どれが手に入りやすくて、価格がいくらかを知らなかったからです。
大学院に入って、手作りの実験装置を作る必要があったために、ようやく材料を選び、形削り盤、旋盤、ボール盤などをある程度自信を持って使えるようになりました。
そして、会社に入ったときに、実際に仕事をしている人たちは、狭い範囲内ではあっても、高度な知識や技術と自信を持っていることを見ました。

当時学校で学んだ、余り役にたたなかった専門知識を少し削って、実践的に取り組む助けになるような授業があったら良かったと思います。
学校で 学んだことで、実際に必要になった知識はとても少ないと思う人も多いことでしょう。
会社勤めをしていたときに高専卒の同僚が、「数学は、微分や積分を使うことはないし、三角関数を使えれば十分だ」と言ったことがありました。
そのときは、本当にそうだなと思いました。
だからといって、微分、積分、微分方程式はいらない、と思っているわけではありません。
バランスの問題です。

当時は(今もかも知れませんが)、教育課程を作るときに「科目」をリストアップして、それを並べ、内容については個々の先生に任されていたのでしょう。
個々の先生たちは、自分の専門分野を教えるために、勢いその内容が詳細になり、他の科目との連携をほとんど取りません。
その結果、機械技術者としてどのような能力が必要か、それをどう育成するかという視点はそれほど強くはなりません。
カリキュラムを作るときの難しさは、その点にあると思います。
(2001年からのトルコへの工業高校支援プロジェクトで、わたし自身がカリキュラムの作成の主担当を務めました。力不足ではあったのですが、この考えに沿って作ったつもりです。)

これらについてもっと小さなレベルでも考えました。
例えば、計算問題で、ノートに数式や計算の過程を必ず詳細に書くようにと指導する先生がいましたが、わたしはこれに反対でした。
最小限必要な程度の方が実用的だし、行っている計算の全体的な感覚も持てると考えていました。それは間違いも直感的に教えてくれます。
数値に対してそれがどのようなものかの感覚を持ちながら、扱うことは大切です。
試験では間違えても点数が減るだけですが、実際に部品を購入したり、図面で外に作ってもらう場合、影響は大きくなります。
計算に関しては、少なくとも自分が使いたくない方法は、生徒にもさせないように、と思いました。

実践的に、感覚的に学ぶことができるようにと試したこと

授業の中で試したことを書いて見ます。
理数的なことを考えることが苦にならなかったら読んでみて。試しに問題に答えてみてください。
これらは、それほど重要でないと思う方もいらっしゃることでしょう。
わたしなりに考え、そのときはそう信じていた位に思って下さい。

1)2進数や16進数で数を数える
生徒に、何も見ないで数えさせました。 一人答えたら、1を加えた数を次の生徒が答えます。
例えば、2進数(2になると桁上がりする数)の場合は
1 → 10 → 11 → 100 → 101 → 110 → ①→ ② → ・・・・
【問題1】①と②は何かを考え見てください。(答えを最後に示します)

2)単位の換算がすぐにできる
例えば、0.5[A]は、500[mA]で、0.000 5[kA]だと,何も紙の上に書いたりしないで答えて欲しいし、
DVDの記憶容量4.3[GByte ギガバイト]は、4300[MByteメガバイト]で、0.0043[TByteギガバイト]だとすぐに答えて欲しいと思いました。
(そうできたら、スマートフォンの通信速度が100[Mbps bits per second]≒10[MBps—Bytes per second]なら、DVD1枚分を送るには、4300÷10で、少なくとも430秒以上はかかることがわかります)

この換算は、わたしは頭の中で右の図を使っていたので、生徒にもそれを示しました。ときどきこのような換算を口頭で質問しました。

【問題2】昔の高速通信ISDNの通信速度は 64[kbps]でした。これを[Mbps]の単位で表すとどうなりますか。

3)電気回路の感覚をつかむ
・電気回路の図があったら、どこが最も電気エネルギー(「電位」といいます)が高いかを考えさせ赤線で示し、最も電位の低い部分を青線で示すなどしました。
これは基本的な電気回路の計算の意味を考えるときに役に立つと思います。
すこし複雑なキルヒホッフの法則を教えるときも、回路の経路に沿って電位のグラフを書かせることにより、式の意味についての感覚を持たせるようにしました。

【問題】右の回路で、最も電位の高い部分を赤で、低い部分を青で示して下さい。

 

 

・抵抗の値などに感覚を持たせる
1000[W]のヘアドライヤには、100[V]で10[A]流れるので、抵抗はR=電圧÷電流=100÷10=10[Ω]です。
このように抵抗が小さいものほど、発熱の危険があるという感覚は、実際には余りないものです。

4)プログラムは全体の構造を考えてから、細かい所を考える。
在職中に最も多くの授業を担当したのがプログラムの授業でした。
Fortran, COBOL, C言語,アセンブラ言語(CASLなど),Basic, Visual Basic を教えました(他にも、プログラム言語とはいえないですが、SQLやHTML,JCLも教えました)。
その中で考えたうちの1つがこのことです。
多くの生徒が、1行目から、しっかり細部にこだわってプログラムを作ろうとして、途中で止まってしまうことを見たからです。
全体の構造から考え、ジグソーパズルのように、徐々に詳細部分が決まっていく感覚をつけさせようとしました。(最初にわたしが書いた工業高校用の教科書「プログラミング技術」はもう手に入りませんが、現在も使われている「情報技術基礎」と「新 情報技術基礎」(どちらもコロナ社)のプログラムの章に、考えたことを織り込んでいます。)

5)実際のコンピュータネットワークに流れている信号を見る
「ネットワーク技術」も3年生の通年選択科目として、何年か継続して教えました
抽象的な知識の羅列にならないように、「パケットキャプチャ」というソフトを使いました。
このソフトを使うと、通信ケーブルを流れているデータが何かを実際に見ることができます。
このソフトを使うことは少し大変ですが、通信のしくみを知り、1年の中で何度も行うことで、使い方にも慣れててきます。
通信が行われているときの信号のやりとりを、見えるような感覚を持てます。

【問題の解答です】
【問題1】① 111    ② 1000
【問題2】0.064[Mbps]
【問題3】

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