BodyChanceのプロコースで教えるアレクサンダー・テクニーク教師ヤスヒロ(石田 康裕)のページです。テクニークの歴史や役立ち情報など多くを載せています。教育分野(学校の先生など)での応用にも力を入れています。ヤスヒロは、埼玉・東京でのレッスン、出張レッスンを行っています。機械工学修士で27年間、高校で教えました。
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アレクサンダー・ヒストリー

ヨガやピラティスなど全ての身体運動を教える人へのアレクサンダーの警告

アレクサンダーは1908年に、当時流行っていた「身体鍛錬」や「呼吸法」に対して、それが全て害になると批判ました。 特に当時流行っていた「ディープ・ブリージング(深い呼吸)」などが、人の身体を奇形と言えるまでに変形させてい …

アレクサンダーが行った3つのレクチャー

アレクサンダーが行なった一般向けのレクチャーの記録は3つだけが残っています。 彼はレクチャーを良い手段ではないと考えていたので、多くは行なってはいませんが、例えば第二次大戦中の1941年には哲学者ジョン・デューイの企画で …

アレクサンダー1冊目の本「人が受け継いでいる最高のもの」MSI

「人が受け継いでいる最高のもの」 この一冊目の著書を、アレクサンダーはロンドンに渡って6年目の1910年10月、41歳のときに出版しました。彼はそれまでに多くの小冊子を作っていましたが、書籍はこれが最初です。 1ページに …

アレクサンダーが書いた新聞投稿や小冊子

1.4冊の著書と「アーティクルズ・アンド・レクチャーズ」 アレクサンダーは、1910年(彼は41歳)に1冊目の「人が受け継いでいる最高のもの(略称MSI)」を出してから、1941年(歳)に最後の「生きる上で変わらないもの …

「アレクサンダーの生涯とその教え方の変遷」第3回

昨日4月29日(月、祝)池袋レクチャーで、3回シリーズの最終回が終わりました。今回は、都合のつかない方や当日体調不良で不参加の方がいて、参加は10名でした。内容と参加者の感想をお伝えします。 アレクサンダーの晩年の概要 …

アレクサンダーの晩年と別れ、死後の混乱

前回書いたように、アレクサンダーの晩年は大きな負担になった名誉毀損裁判がありましたが、その上親しい人たちの死別と親しい弟子たちとのケンカ別れがありました 親しい人たちとの死別 すでに紹介したようにF.M.より5歳若く、ず …

アレクサンダーの名誉棄損裁判と彼の脳卒中

第二次大戦が終わった年の1945年8月に、アレクサンダーは南アフリカ政府の体育教育責任者のヨーケル博士に対して、彼が書いたテクニークへの中傷記事の名誉棄損裁判を起こしました。 アレクサンダーは簡単に終わると考えていたので …

アレクサンダーと同じ発見を動物で行ったコグヒル博士

F.M.アレクサンダーが、彼の発見を証明していると直接的に認めていた研究には、ルドルフ・マグナス(池袋レクチャーの第2回を見て下さい)と、コグヒル(米の発生生物学者で大学教授)の研究がありました。 マグナスの研究をF.M …

アレクサンダーの教え方の変遷の記録

アレクサンダーは、彼のテクニークを25歳から教え始め、86歳で亡くなるほぼ2週間前まで途切れることなく教え続けました。ほぼ60年間に渡ったわけですが、その教え方は当然大きく変わったことでしょう。 残念ながら彼の最初の10 …

「アレクサンダーの生涯とその教え方の変遷(2回目)」

2月11日(月、祝)の池袋レクチャーが終わりました。 参加者の感想(今週末締め切り)については、集まり次第このブログの末尾に加えて行きますので、随時このページをご覧ください。 今回は16名の参加があり、資料だけの購入も現 …

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