BodyChanceのプロコースで教えるアレクサンダー・テクニーク教師ヤスヒロ(石田 康裕)のページです。テクニークの歴史や役立ち情報など多くを載せています。教育分野(学校の先生など)での応用にも力を入れています。ヤスヒロは、埼玉・東京でのレッスン、出張レッスンを行っています。機械工学修士で27年間、高校で教えました。
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アレクサンダー・ヒストリー

アレクサンダーが書いた新聞投稿や小冊子

1.4冊の著書と「アーティクルズ・アンド・レクチャーズ」 アレクサンダーは、1910年(彼は41歳)に1冊目の「人が受け継いでいる最高のもの(略称MSI)」を出してから、1941年(歳)に最後の「生きる上で変わらないもの …

「アレクサンダーの生涯とその教え方の変遷」第3回

昨日4月29日(月、祝)池袋レクチャーで、3回シリーズの最終回が終わりました。今回は、都合のつかない方や当日体調不良で不参加の方がいて、参加は10名でした。内容と参加者の感想をお伝えします。 アレクサンダーの晩年の概要 …

アレクサンダーの晩年と別れ、死後の混乱

前回書いたように、アレクサンダーの晩年は大きな負担になった名誉毀損裁判がありましたが、その上親しい人たちの死別と親しい弟子たちとのケンカ別れがありました 親しい人たちとの死別 すでに紹介したようにF.M.より5歳若く、ず …

アレクサンダーの名誉棄損裁判と彼の脳卒中

第二次大戦が終わった年の1945年8月に、アレクサンダーは南アフリカ政府の体育教育責任者のヨーケル博士に対して、彼が書いたテクニークへの中傷記事の名誉棄損裁判を起こしました。 アレクサンダーは簡単に終わると考えていたので …

アレクサンダーと同じ発見を動物で行ったコグヒル博士

F.M.アレクサンダーが、彼の発見を証明していると直接的に認めていた研究には、ルドルフ・マグナス(池袋レクチャーの第2回を見て下さい)と、コグヒル(米の発生生物学者で大学教授)の研究がありました。 マグナスの研究をF.M …

アレクサンダーの教え方の変遷の記録

アレクサンダーは、彼のテクニークを25歳から教え始め、86歳で亡くなるほぼ2週間前まで途切れることなく教え続けました。ほぼ60年間に渡ったわけですが、その教え方は当然大きく変わったことでしょう。 残念ながら彼の最初の10 …

「アレクサンダーの生涯とその教え方の変遷(2回目)」

2月11日(月、祝)の池袋レクチャーが終わりました。 参加者の感想(今週末締め切り)については、集まり次第このブログの末尾に加えて行きますので、随時このページをご覧ください。 今回は16名の参加があり、資料だけの購入も現 …

教師養成コースの始まりと「ベッドフォード・レクチャー」

1929年の世界金融恐慌により、アレクサンダー自身の財産が痛手を受けただけでなく、個人レッスンの生徒数が減りました。そのため反って、彼が教師養成を始める時間がきたとも言えます。 1931年に始まった教師養成コースは、 6 …

リットン卿(リットン調査団の団長)がアレクサンダーの支援を行った

満州事変や満州国の建国についての調査を行った「リットン調査団」の名前は、歴史で習って覚えている人も多いことでしょう。(リットン調査団は、国際連盟により1932年に作られ、調査を行い、その年の10月に調査報告を出しています …

アレクサンダーが始めた普通教育の学校「リトル・スクール」

アレクサンダーは、15歳から約2年間を補助教員として教えていたし、教育者のデューイとの交流もあって、教育に深い関心を持っていました。彼のアレクサンダー・テクニークは、何よりも子供たちを教育するためものだと、2冊目の本「個 …

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