BodyChanceのプロコースで教えるアレクサンダー・テクニーク教師ヤスヒロ(石田 康裕)のページです。テクニークの歴史や役立ち情報など多くを載せています。教育分野(学校の先生など)での応用にも力を入れています。ヤスヒロは、埼玉・東京でのレッスン、出張レッスンを行っています。機械工学修士で27年間、高校で教えました。
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アレクサンダー・テクニーク

 プライマリ・コントロールの始まり――ルドルフ・マグナスとの関連で

「プライマリ・コントロール」は、アレクサンダーが自分が発見した「頭―首―背中」の関係を表わすために使った重要な言葉です。その考え方はアレクサンダー・テクニークの根本をなすものですが、彼が「プライマリ・コントロール」と言う …

アレクサンダー・メソッドを学校教育に取り入れる提言

驚くべきことですが、1909年というとても早い時期に、既に学校教育に取り入れたら良いという提言がなされています。 オーストラリのメルボルンのトリニティ・カレッジで校長を務めたアレクサンダー・リーバー博士が、メルボルンのあ …

「インヒビション」と「ミーンズ・ウェアバイ」の始まり――それが正しい呼吸につながる

1904年にロンドンに渡ったアレクサンダー(教え始めて10年後です)は、しばらくは呼吸に関するリーフレットを作って自分のワークの宣伝を行いました。その4年後の1908年12月に作った「運動感覚の再教育」で初めて、そのタイ …

身体と声は簡単に変わる――新宿朝日カルチャー「声を楽に効果的に使うアレクサンダー・テクニーク」3回目

先週金曜日(12月21日)は、今回の3回シリーズ最終回のクラスでした。 忘年会シーズンの金曜日の夜ということで、登録された方々の半分の出席しかありませんでしたが、そのためにいつもより一人一人に時間をかけてワークを行うこと …

恩師スパイサー医師に対するアレクサンダーの反論

スバイサー医師は、アレクサンダーが1904年にロンドンに渡ってすぐに、彼のワークを認め支援してくれた人です。彼は喉の専門家で、アレクサンダーがその頃売りにしていた「呼吸」は彼の専門分野でしたし、その分野で有力者でした ス …

考えを変えるだけで声が変わる――新宿朝日カルチャー「声を楽に効果的に使うアレクサンダー・テクニーク」2回目

遅くなってしまいましたが、朝日カルチャーで今月行ったクラス(11月16日)についでです。 今回のテーマは、「伝わる声の作り方」でした。 もちろん話している人や歌っている人に、「伝わる声でそれを行うように」と直接的に言って …

池袋レクチャー1回目「アレクサンダーの生涯とその教え方の変遷(前半)」

11月10日(先週土曜日)に、初めての池袋レクチャーを行いました。 13名の参加者の皆さんありがとうございました。 「前半」と銘打って予定していたのですが、準備をしているうちに分量が多くなり過ぎたので、2回ではなく、3回 …

最初は「呼吸の人」として売り出したアレクサンダー

1904年に35歳でロンドンに渡ったアレクサンダーですが、その前後は自分のメソッドを「フル・チェスト・ブリージング・メソッド(胸全体を使った呼吸法)」として宣伝しました.。 当時流行っていたいろいろな呼吸法と比べて、それ …

アレクサンダーの8年に渡る事務員生活

アレクサンダーは朗誦家としてのキャリアを、すぐに始めたわけではありませんでした。 15歳から一年半は、育ったタスマニア島の町ワインヤードの学校で補助教員を務めました。 この経験が、彼が後に著書に教育について書くときのバッ …

アレクサンダーは初期の頃に何を教えたか

アレクサンダーが彼のテクニークを教え始めたのは、24歳だと言われています。 とても若かったのです。 しかも、彼は20歳で大都市メルボルンに出るまでは、タスマニア島で事務系の仕事をしていました。 4年間という短期間のうちに …

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