アレクサンダー・テクニークの「プライマリ・コントロール」をトーマス・マイヤースの「アナトミー・トレイン」との関連で見て行こうと思います。

今回の1回目では、「プライマリ・コントロール」を振り返ってみます。

アレクサンダー・テクニークのプライマリ・コントロール

F.M.アレクサンダーは、3冊目の著書「自分の使い方」の第1章で、
「人の動きのメカニズムには、プライマリ・コントロールがある。」
と説明しました。

「プライマリ・コントロール」については、最初の教師トレーニングコースの生徒のルーリー・ウェストフェルトが、著書「F.Matthias Alexander:The Man and his Work」の中で書いている説明がまとまっていると思います。
彼女は、既にレッスンを受けていた友人のキャサリンから聞いたアレクサンダーのワークについての言葉を引用しながら、こう書いています。
「彼女(キャサリンのこと)は、アレクサンダーのワークは、彼の言うプライマリ・コントロールというものに基づいている、と言いました。
彼はこの言葉で、
『頭と首と背中には関係性があり、首が徐々に自由になれば、頭は首に対して前と上に行き、背中は長く広くなる。』
と説明していました。
このパターンが起これば、動きを行うときに、使っている身体の全ての部分は協力的に働き、最もうまく行いきます。
毎日の生活のいつもの動きで、その正しい使い方をすることで、機能や、姿勢、身体の輪郭などに、劇的な効果があるのです……」

アレクサンダーはこの「プライマリ・コントロール」という言葉を、1932年(アレクサンダー63歳)に出版した3冊目の「自分の使い方」で、著書では初めて使いました。
彼はその中で、「プライマリ・コントロール」は、ドイツのユトレヒト大学のマグナス教授が論文に書いている「セントラル・コントロール」のことだ、と書いています。

アレクサンダーが教えた内容とプライマリ・コントロール

マグナス教授の論文が出たことで、アレクサンダーはこの言葉を使い始めましたが、彼のテクニークがそこから変わった、というわけではありません。
彼は、25歳(1894年)という若さで、そのテクニークを既に教え始めています。
それは主に、「声」と「呼吸」の改善に役立ちました。

自分の声の障害を克服しようとしてテクニークを見つけたので、「声」については当然ですが、「呼吸」も大きなインパクトがありました。
彼が1904年にオーストラリアからロンドンに渡ったときに、有力者のスパイサー医師に認められたのも、呼吸の改善に顕著に効果があったからです。
当時、肺結核に有効な治療法はなかったし、霧の都ロンドンは石炭による大気汚染があり、現代よりもはるかに呼吸疾患は大きな問題だったのです。
そのため、当時アレクサンダーは、「呼吸の人」と呼ばれました。

彼が後にはプライマリ・コントロールと呼ぶようになった発見は、他の身体部分は直接的にコントロールしにくいが、「頭の動き」はある程度直接指示することができて、それが、間接的に他の部分の改善に結びつく、ということでした。

その「頭の動き」は、最初は「呼吸」と「声」に効果を生みましたが、やがては彼が気づいたように、人の全ての活動を改善する、人間活動にとってとても大事なものだと分かったわけです。

頭を適切に動かすこと、頭の動きの効果を知る意味

アレクサンダー・テクニークを学ぶことは、行っている活動の中で、「頭を適切に動かせる」ようになることです。
でも、なぜそれが、プライマリ・コントロールになり、いろいろな動きに影響をあたえるのでしょうか。

それは、主に次の2つの理由があるからだと思います。
①頭には、後頭下筋のようなとても動きに敏感な筋肉が付着していて、その信号により脳を中心とする神経システムが全身に信号を出す。
②頭と全身の各部は、線で結ばれるようなつながりがあり、頭が動くと、それに繋がっている部分が影響を受ける。

次回から説明する、トーマス・マイヤーの「アナトミー・トレイン」は、主に②についての素晴らしい視点です。
それらを理解することにより、「頭の動き」を自分に指示するとき、それから先生として生徒さんに指示するときにも、その効果を高めます。

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【ワークショップについて】
BodyChanceの2018年ゴールデンウィーク合宿で「プライマリ・コントロールとアナトミー・トレインを使って考える」のクラスを行います。
合宿に参加される方で、興味を持ちましたらぜひ御参加下さい。
クラスの中では、説明は最小限にして、実際に身体を動かしながら体験的に学びます。

また、この内容に関してのワークショップ開催や、出張ワークショップを行うことができますので、ご希望があるようでしたらinfo@yasuhiro-alex.jp まで御連絡ください。

 

【補足】
プライマリと言う言葉について、補足説明を次に書いてみました。
読む余力があったら、読んでみて下さい。

 

プライマリ・コントロールとセカンダリ・コントロール

「頭の動き」は「プライマリ・コントロール」ですが、それは人の活動の質を作用する最も重要なものだという意味です。
でも、それはいつもすぐに起こるわけでありません。
それだけを最初に考えれば自動的にうまくいく、というわけではないのです。
もしそうなら、アレクサンダーの遥か以前にだれかが発見していたし、習得はかなり簡単なことでしょう。

ニュートンの発見と似ていると思います。
「紙のように軽いものと、鉄のような重い物に共通の物理法則が働いている」という発見は、決して簡単ではありませんでした。
空気抵抗により、その2つは余りにも違った動きをするからです。

そして、ニュートンの見つけた運動法則が分かっても、実際に航空機を飛ばそうとしたら、空気抵抗が少なく浮力が起こる形状なども、考えなくてはなりません。
プライマリ(主要な)があっても、実際に使うときにはセカンダリ(副次的な)ことを考えなくてはならないのです。
でも、そうではあっても、ニュートンが見つけた運動法則は、車でもロケットでも動きを伴うものにとってもプライマリな物理法則です。

アレクサンダー・テクニークでも同じだと言えます。
アレクサンダーも「自分の使い方」の中で、「頭の動き」の重要さが分かったあとに、それをうまく使うためには、「足の使い方」というセカンダリのことにも対処する必要があったことを書いています。

実際に使っていくためには、状況の適切な把握が必要ですが、それができるようになることもアレクサンダーテクニークを学ぶ上で重要な部分です。

 

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「プライマリ・コントロールとアナトミー・トレイン2」

アレクサンダー・テクニークの「プライマリ・コントロール」をトーマス・マイヤースの「アナトミー・トレイン」との関連を見ています。
2回目の今回は、「アナトミー・トレイン」の概要です。

身体は全体としてつながっている

人の身体の一部分が動くと、他の部分が影響を受けます。
それは身体に、構造的にそのようなしくみがあるからです。
そのようなつながりは、個々の筋肉の動きだけでは、わかりません。

例えば、片方の手のどれかの指を、上下に動かしてみてください。
その動きには、前腕(肘から手首の部分)にある筋肉が使われます。
でも、小さな動きにはそれほど感じられませんが、大きく動かそうとすると、肘から上の部分や、肩、首にかけて何かの感覚を感じます。

そうしながら、頭を身体の方に少し押し付けてみると、指が動かしにくくなることを感じるでしょう、
指の動きはそれを動かす筋肉の働きだけでないことは、簡単に分かるのですが、従来の骨と筋肉だけの解剖学ではこのことを説明してくれません。

説明しないだけでなく、ある動きを行うときに、どこか特定の筋肉の動きについて考え過ぎてしまうと、頭を脊椎に押し付けてしまい、かえってその動きの妨げになります。
(そのためアレクサンダーは、テクニークを学び始めたばかりの人には、解剖的な知識を学ぶことは良くないと言っていました。
その知識に囚われてしまい、全体のことを考えなくなってしまうと、考えていたからです。
でも、ある程度学んだらそれは必要だと思っていて、弟のARには解剖学を学ぶように勧めています。)

トーマス・マイヤースとアレクサンダー・テクニーク

トーマス・マイヤースはアレクサンダー・テクニークを良く知っています。
著書「アナトミー・トレイン」の中で、彼がその旅を始めたのは、
「人類学者のレイモンド・ダートが、アレクサンダー・テクニークを学んだ体験から見つけた『二重らせん構造』の論文を読んだ」
からだと記しています。

また、この本の3章「スーパーフィシャル・バック・ライン」で「後頭下筋」を説明をしながら、
「人は、動きを始める前に「首と頭を引き込む習慣」を持っていて、アレクサンダー・テクニークの先生たちは何年もかけて生徒にそれを取り除くことを教えているが、それは価値があることだ」
とも書いています。

 

人体には、「結合組織網」で、そこに「筋-筋膜経線」がある

「結合組織」というのは聞き慣れない言葉ですが、大まかに言えば、身体のほとんど全てを指していて、そこから除かれるのは、脳を含んだ神経関係、筋肉、皮膚などだけです。(「結合組織」については、後に少し詳しく説明しています)

マイヤースは、人体は、骨で構成される「骨格」と、それを覆う袋状の「筋-筋膜 [myofascia]」(筋肉と筋膜)で構成されていると説明しますが、ここでの「筋膜」は、さきほどの「結合組織網」(そこから、骨と血液は除きます)のことです。

ここでとても重要なことは、「筋膜 [fascia]」についてです。
「筋」と「膜」という漢字から、普通は「筋肉を覆っている薄い膜」のことだと考えてしまいます。
確かにその使い方もあるのですが、彼の定義はそれではありません。彼の使い方では、「筋膜」は、腱や靭帯を含み、さらにはその周囲も含んだ、身体全体のネットワーク(網)です。

その骨格を覆う袋は、ナイロンシートのような、どちらの方向に引っ張っても同じ反応をする均質なものとはことなります。
身体のある場所を考えると、方向によって力の作用による影響が異なり、身体全体を見れば、力が作用する線があるように見えます。
彼は、その線のことを「筋-筋膜経線 [myofascial meridian]」と呼び、それが「アナトミー・トレイン」という列車が通る、線路ということになります。

彼は、この線のことを、「経線 [meridian]」と呼んだり、単に「ライン [line 線]」と呼んだりしています。
著書では、基幹となる
①SBL [Superficial Back Line] (浅い層にある、身体後面のライン)
②SFL[Superficial Front Line] (浅い層にある、身体前面のライン)
③LL [Lateral Line] (身体側面のライン)
の3つを始めとして、いくつかの螺旋のラインや、腕へのラインなど、11個を取り上げて説明しています。

わたしたちが特に関心があるのは、「頭の動き」がどう身体全体に影響を与えるかですが、これを見ると、上記の3つの線を始めとして、多くの線が頭を通っています。

次回は、彼が挙げている「筋-筋膜経線」をアレクサンダー・テクニークでの「頭の動き」との関連で見て行きます。

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【参考】「結合組織 connective tissue」
人体組織の細胞は、驚くべきことに僅かに次の4種類なのだそうです
①神経細胞 (脳や、脊髄を中心に、身体各部に指示を送る神経メカニズムを構成するもの)
②筋肉細胞 (筋肉を構成する細胞です)
③上皮細胞 (身体表面の「表皮」や、臓器の粘膜部など)
④結合組織細胞 (骨、軟骨組織、靭帯、腱、筋膜シート)

この4つを見ると分かるように、④の「結合組織」は、①の神経系、②の筋肉、③の皮膚以外sの物です。
それならば、身体の構成要素のほとんどが「結合組織」に分類されることがわかります。
結合組織は、次の2つに大きく分類されます。
「特殊結合組織」—骨、軟骨、血液など
「固有結合組織」—上記以外で、器官などを保持するタンパク質繊維や、腱、靭帯など